小説 | ナノ


▼ 杏樹様

最近、飛雄くんが変だ。何が、どうと言われても難しいけど、とにかく変だ。

「飛雄くん、何か悩んでることある?」
「っ、」

食事中の飛雄くんにそう声をかけると驚いた顔をしてむせていたので背中を叩いてお茶のおかわりを手渡す。

(うーん、何か隠してる気がする)

これが例えばわたしに何かサプライズのイベントとか、仕事上家族にも守秘義務を守らなきゃいけないとか、そんな内容だったらいいけど。何かわたしも一緒に悩んであげれるようなことを一人で抱え込んでるならわたしも力になってあげたい。そんなことを思いながら子供たちが幼稚園に行ってる間に買い物を済ませる。

重たい荷物を持ちながらオートロックの鍵を開けようとすると、後ろから声をかけられ振り返る。

「はい?」
「だから、影山さんの奥様ですよね?」

直感で、答えてはいけない。そう感じ「人違いじゃないですか?」と振り切りエレベーターに乗り込んだ。幸いオートロックの中まで入ってくることはなかったし、エレベーターの階数を見られることもなさそうだったが一応他の階を押して誤魔化してみる。

さっきの女の人、綺麗な人だったけどどこかで見たことあるな。誰だっけな、そう考えているが時間は瞬く間に過ぎるものであっという間にお迎えの時間だった。一応さっきと服装を変えて、帽子もかぶって家から出るが女の人はもういないようでほっとする。

子供たちを迎えに行き、家で飛雄くんの帰りを待つがなかなか帰ってこない。「パパ遅いね〜?」と心配する子供たちをお風呂に入れ、寝かしつける。日を跨いでも帰ってこない飛雄くんが心配で、わたしは一睡もできずに日が昇ってくる。朝になっても飛雄くんが帰ってこなくて、連絡がつかないままだったら井上さんに一度連絡してみようか...場合によっては警察も、と考えていると明け方に玄関の開く音が聞こえる。

子供達を起こさないように小走りで玄関に向かうと、起きてると思わなかったのか飛雄くんが驚いた顔でわたしの顔を見る。

「おかえり、大丈夫?何かあった?心配したよ」
「あー、悪ぃ。ちょっと先輩に捕まってて」

そう言って、まるでわたしの目を避けるようにして飛雄くんは一目散にお風呂を入りに行く。おかえりのキスを、ただいまのキスをしなかったのは一緒に住んでから今日がはじめてだった。わたしの横をすり抜けていった飛雄くんから嗅いだことのない匂いがした気がして、一気に悪寒がする。

(まさか、飛雄くんに限って、そんな、)

飛雄くんが脱ぎ捨てていた服を拾い上げ、匂いを確認すると甘ったるい女物の香水の匂いがして目の前が真っ暗になる。いや、でも付き合いってこともあるだろうし...とまだ疑ってはいけないと首を振ると洗面台にスマホが放置してあるのを見つける。またこんなところに置いてたら濡れちゃうのに、と洗濯機の上に移動させておこうとスマホを拾うと手の中で振動し驚いて画面に目をやる。

ー今日は朝まで一緒にいれて幸せだったよ、飛雄大好き!

と、表示されるLINEに気が動転してスマホを落としそうになる。バタバタと脱衣所で暴れているが飛雄くんはシャワーの音で気づいてないようでほっとする。バクバクと心臓の音がうるさくて、手も震える。落とさないように、音を立てないように震える手でそっとスマホを元の場所に置き脱衣所から出ようとした瞬間、ガチャと浴室の扉が開く。

「タ、タオル!ここ置いとくね」
「アザス」

動揺を悟られないように後ろを向いたまま飛雄くんにそう伝えると、飛雄くんにぐっと腕を引かれて濡れたまま抱きしめられる。

「と、びおく!」
「おかえりのキス、してもらってないから」
「、」

すっかりいつもの飛雄くんで、思わず泣きそうになる。何が起きてるのかわからなくて頭がぐちゃぐちゃで眠いしもう意味がわからなかった。「濡れたままじゃ風邪ひいちゃうよ」とそっと離れリビングへと戻る。飛雄くんが戻ってくる前にトイレに入り、込み上げてくる涙を必死に抑えて過ごした。

お願いだから、夢であって欲しい。そう思いながら、わたしはベッドで飛空と飛茉の寝顔を見てまた飛雄くんにバレないように1人で泣いた。



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